246Gallery

【0系】最近なくなって寂しいもの【新幹線】

FacebookTwitterLinePocketShare

gooで最近無くなって寂しいものアンケート特集されていますが、、、、

悲しいけど、これも時代なのよね 栄枯盛衰は世の習い—-。
どんなものも時代に合わせて姿を変え、世代交代をしていくのはあたりまえのこと。でも、ほんの少し前まで自分にとってあたりまえの存在だったものが姿を消していくのは、やはり一抹の寂しさを覚えてしまいます。

本当に公衆電話が無くなって皆さん寂しいと思われているのでしょうか?(^^;;;
私なんか郵便配達の制服が無くなってジャージっぽい姿になったのがちょっと寂しいですが。。。。

それよりも、今月末で無くなる寂しいものといえば、、、、

新幹線開業以来40年以上走り続けて来た「0系」新幹線が今月末で運転終了とのことで、何と言っても、新幹線といえば0系と連想させるあの飛行機をそのまま列車にしたようなフォルムがも見れなくなるのは本当に寂しいと思います。

最終便のチケットが発売されたようですが、瞬間で売り切れたようで。。。。

昭和39年にデビューし、日本の高度成長期を支えた初代新幹線「0系」の営業運転終了まで残り1カ月となった30日、最終日の指定席前売り切符が発売された。鉄道ファンらの予約が殺到、発売開始とほぼ同時に売り切れた。

11月末で定期運転を終える初代新幹線0系の「こだま629号」。まだ薄暗い早朝にもかかわらず集まった鉄道ファンらが、名残を惜しむように、一斉にフラッシュをたいた。

それにしても40年前、時速200km/hで巡航できる巨大な電車を開発し、それを営業運転出来るレベルまで信頼性を高め、殆ど事故やトラブル無く走らせていた当時の技術力は凄まじいものだったことが予測出来ます、CADはおろかコンピューターも無く、殆ど手計算と実験でそれを実現した日本人の技術力は世界一と言って過言では無いと思います。(アメリカは月にアポロを打ち上げた訳ですが;;;^^))

乗客の事故死者ゼロという日本新幹線の「安全神話」を体現してきたことを忘れるわけにはいかない。

私が最後に0系に乗ったのは数年前、山陽新幹線でレールスターとして最後の現役でやつ約していたものでしたが、塗装は開業当時の白青では無く、グレーをベースにしたJR山陽仕様のもので、懐かしい0系という実感は余り沸かなかったのですが、今回運転終了を記念して当時の白青ベースの塗装に衣替えした瞬間、子供の頃の新幹線に乗れるわくわく感が甦って着ました。。。。
そういえば、0系の場合食堂車なんて場所があり、高額な食事にも関わらず、親におねだりしていたような。。。。

そしてそんな0系の快適さを語る際に欠かせないのが、食堂車とビュッフェ車。本格的な料理やお酒を楽しめる車両として愛されてきたが、高速化による乗車時間短縮や弁当などテークアウト食品の普及もあり、平成7年の阪神大震災で新大阪?姫路間が長期不通になったのを機に営業停止になった。新幹線全体でも、平成12年のダイヤ改正で全廃された。

最後に1度乗り収めでもしたかったのですが、いつの間にか11月もう0系新幹線のチケットはプレミアム状態になっているようです。。。。
そして今月末で営業運転は終了するようですが、本当に最後は12月14日「ひかり号」として復活する記念式典とのことです。

西日本旅客鉄道(JR西日本)は12月14日、新大阪駅、広島駅、博多駅で「0系新幹線さよなら式典」を開催する。昭和39年以来、東海道・山陽新幹線を走り続けた「0系新幹線」は、12月に臨時「ひかり」としてさよなら運転を実施する。同式典は臨時「ひかり」の最終列車「ひかり347号」の到着、出発に合わせて行われるという。

最後の最後は大混乱の予感(^^;;;
鉄道ファンの方のみならず当日0系に合いに行かれる方は、気をつけてくださいねっ!(^

駅ホームには警備員を配置する措置を取っている。特に最終日の30日は、乗客が自由席に殺到することも想定し、社員を大量動員して警備にあたる方針で、担当者は「トラブルなく、無事に過ぎてくれれば…」と、戦々恐々としている。

日本の鉄道をここまで発展させた最大の功績車ともいえる0系ですが、SLのようにどこかで復活することは無いでしょうかから本当に最後の最後ですね。。。残念です。。。。

40年以上もご苦労様でした。

モバイルバージョンを終了